Graffiti Writing

2018.10.31

グラフィティ・ライティングとは?

グラフィティとは、壁や公共の場所の他の表面に不規則に描かれたり、スプレーされた文字や絵のことだ。

 グラフィティは簡単な言葉から精巧な壁画に至るまであり、社会の教科書に登場するような古代エジプト、ローマ帝国などの壁画も古いグラフィティと呼べる。

現代では、スプレー塗料とマーカーペンが最も一般的に使用されている。 ほとんどの国では、不動産所有者の同意がない状態でのマーキングや塗装は罰せられ、破壊行為とみなされる。

こと日本おいてももちろん同様であり、他のヒップホップの4大要素としても、作品として視覚的に残ってしまうが故に起きる社会的物議を呼んでしまうカルチャーと言える。

 グラフィティ自体もまた、根底にある社会的、政治的なメッセージを表現し、芸術表現を行うスタイルとして発展して来た。 ヒップホップの文化の中で、グラフィティはヒップホップ Music、Bboying、その他の要素とともに自己表現の尖った手法として歩みを進めていったのだ。 

 ヒップホップにおけるグラフィティとは別に(カルチャーとしての繋がりは深いが)、ギャングは自分の領域をマークするため、またはギャングでの一連の活動の指標として役立つために、グラフィティの形式を使用してきた。

グラフィティに纏わる2つのエピソード

グラフィティに関しての正確なルーツを辿るのは難しいが、有名なエピソードを二つ紹介する。

①「Kilroy was here」

これは1940年代ごろ、第二次世界大戦の最中にトラックやタンク、船などありとあらゆる場所に簡単な長鼻の男のキャラクターと共に残されていたメッセージであり、軍人達を勇気付けたシンボルとしてただの落書き以上の意味を持った物として広く知られている。

②「Bird Live」

Birdとはビ・バップと呼ばれるようなジャズの新しい動きを生み出した伝説的な存在だったチャーリー・パーカーの愛称である。

55年にチャーリー・パーカーが若くして亡くなった際に追悼のメッセージとして「Bird Lives」のグラフィティがフィラデルフィアの街中でよく見られるようになった。

ヒップホップカルチャーとしての成立。グラフィティが持つ意味とは

そしてグラフィティのブームはニューヨークにやってくる。

自分の名前をスプレーなどを使って表現したものを、tagと呼び、街中の壁や地下鉄の電車など、そこら中に描いて競いあったのだ。グラフィティを描いて街に作品を残すことはbombと言う表現が今も用いられている。

ブロンクスを中心に、ブルックリンやクイーンズ、ダウンタウンなど他の地域にその流行は派生していき、この時期に「TAKI 183」「Tracy 168」「Stay High149」といった初期の代表的なタグが残されていった。

しかしこのグラフィティ カルチャーの問題はニューヨークの町中をグラフィティだらけにしてしまい、市や行政の怒りを買い、グラフィティを取り締まる法律が増え、グラフィティライターは活動を続けることが難しくなってしまった。89年の段階ではグラフィティで覆われた電車の姿はなくなっていた。

しかし、アートとしての人気は未だ根強く、ファッションや広告などにグラフィティの要素が取り入れられることも多く、社会的な問題があったことも返ってそこからストーリーが生まれることになり、「スタイル・ウォーズ」や「ワイルド・スタイル」などヒップホップカルチャーを題材とした映画が世に公開されて、さらに影響力を強めて行った。

Writer / MY HOOD

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