『Good Kid M.a.a.D City』の歌詞から学ぶケンドリックラマーの哲学と人生①

2018.11.19

ラッパー:ケンドリック・ラマーは何故ここまで評価されるのか?その凄さとは?

今もっとも影響力のあるヒップホップのアーティストは誰でしょうか?2018年現在においてはほぼ間違いなくこの人。

Kendrick Lamar(ケンドリック・ラマー )。2017にリリースした「DAMN.」はビルボードが発表している年間アルバムチャートでは堂々の1位を獲得。2018年第60回グラミー賞で「最優秀ラップパフォーマンス賞」を始めとするHip Hop部門における主要部門を総ナメ。ついには報道、文学、作曲に与えられるアメリカで最も権威ある賞の一つであるピューリッツァー賞まで受賞。Hip Hopの音楽として初めての歴史的偉業まで成し遂げてしまった。今やアメリカで一番人気のジャンルになったHip HopのTopを走る男のルーツはどこにあるのか?2012年に発表されたアルバム『Good Kid M.a.a.D City』の内容から全5回に分けてKendrick Lamarの音楽性を辿っていく。

『Good Kid M.a.a.D City』はケンドリック・ラマー自身の物語をリリックに込めた作品

2012年にリリースされたアルバム『Good Kid M.a.a.D City』は彼のキャリアに大きく押し上げた作品かつ、彼の人気の理由を知るにうってつけの作品。

(動画は2013年に行われた同アルバムのツアーの様子。)

この作品はケンドリック・ラマーがなぜHip Hop、ラップで自己表現を行う事に人生を捧げるようになったのかを物語のように表現したコンセプトアルバムになっている。各曲の間にはスキットと呼ばれ短い台詞のやり取りが挟まれており、彼が生まれ育った町で感じてきた葛藤を物語としてまとめる役割を果たしている。各曲の楽曲としての素晴らしさに加えて、アルバム全体を通じたメッセージ性がこの作品の大きな魅力であるため、順を追ってこのアルバムを紐解いていこう。

アルバム名の由来はギャングスタラップ発祥の地”コンプトン”


まずはタイトルの『Good Kid M.a.a.D City』。M.a.a.D Cityとは彼の生まれ育った町であるコンプトンのことを指す。コンプトンといえば映画「Straight Outta Compton」(2015)でおなじみのN.W.Aがレペゼンするギャンスタラップ発祥の地であり、アメリカ屈指の犯罪多発地域。ケンドリック・ラマーもコンプトンという暴力、薬物、略奪が当たり前の町で生まれ育ち、実際に父親もストリートギャングの一員だった。犯罪に満ちたこの狂気の街に似つかわしくないワードが「Good Kid 」。

これはケンドリック・ラマー自身のこと。彼は少年のころから自分が周りの環境に染まって悪事をする事に対して疑問を抱き続けており、性格はコンプトンという街に染まっていない「善良な少年」だった。このアルバムではそんな「Good Kid」であるケンドリック・ラマーがコンプトンにおける異常な日常の中で、人生を変えるきっかけになった事件に遭遇し、強く自責の念と葛藤していくことに・・・

ドラッグにまみれた厳しい生活

1曲目はあるホームパーティで出会った女の子シェレーンにケンドリック・ラマーが会いに行くところから始まる。ホームパーティで出会ったときの会話として登場するリリックで、"Hello, my name is Kendrick," she said "No, you're handsome."なんてやりとりがあり、最初からお互い気に入っていた様子。アルバム中ケンドリック・ラマーはK Dotという当時のニックネームで登場する。

「Good Kid」といえども、場所はコンプトンですからK Dotも別に絵に描いたような優等生というわけではない。この日は「15分で戻るから」と嘘をついて母親の車を使って彼女の家に向かうのですが、リリックに出て来るのは彼女の家に行っこれからセックスをすることへの期待ばかり。ただし一つ懸念材料が。

彼女の母親はコカイン中毒であり、弟二人はギャングのメンバーであったりと、彼女の家庭はコンプトンらしく凄まじく荒れていた。そして不安は見事的中。彼女の家に到着したとき、待っていたのはシェレーンだけではなく黒いパーカーを来た二人のイカツイ男が待ち構えていた・・・この曲の終わりのスキットでは母親から早く車を返しに戻って来い!という内容の留守番電話の音声が入ります。その音声の後ろでは何やら叫んでいる父親の声が。「You killing' my motherfuckin' vibe!」ここから2曲目の「Bitch,Don't Kill My Vibe」に繋がっていく。

俺のバイブスを殺すな。薬物に対する考えは?


『Good Kid M.a.a.D City』は一つの物語と呼べる作品ですが、アルバムの曲全てがストーリーとして順番に並んでいるわけではない。このシングルカットされた「Bitch,Don't Kill My Vibe」では既にケンドリック・ラマー として有名になった立ち位置から、自分の周囲の環境についてラップしている。この曲に込められいるメッセージとしては2つ挙げられる。

一つはケンドリック・ラマーの薬物に対するはっきりとした否定。PVを見ると何やら葬儀を行なっているのですが、一番ラストに表示される文字は「Death to Molly」。Mollyというのはスラングとしては当時EDMのブームと共に流行っていたMDMAという薬物のこと。実際ケンドリック・ラマーはコンプトンでの少年時代を経て、現在ではきっぱりと薬物から離れているのだが、PVでもMollyの葬式を行なっているということが、ケンドリック・ラマーの薬物への強い拒絶の姿勢を表している。

ケンドリックが言うビッチの意味は?

そしてもう一点。「Bitch,Don't Kill My Vibe」が指すBitchというのが一体何を指すのか。一般的に日本では尻軽女のことを指してビッチと罵ったりしますが、この曲でそういった女性のことを表現しているとなるとどうもリリックの分脈からしっくりこない。では単純にMollyのことを指しているのかというとどうやらそう単純ではない様子。

リリックには

”I can feel the new people around me just want to be famous”

ただ有名になりたいって人間が自分の周りに近寄って来る。

という内容があり、自分の周りをうろついているくだらないラッパーに対する否定的な意識が現れている。実は当時のラッパーはよく流行りのMollyを頻繁にリリックに取り入れていたこともあって、最近の流行に捉われがちなHiphopの在り方に物申すようなメッセージが込められている。要は今の流行を追いかけてラップしているようなやつに自分のバイブスを邪魔されたくないという意味も込めての「Bitch,Don't Kill My Vibe」。

そして2バース目の

"I’m trying to keep it alive and not compromise the feeling we love"

俺らが大好きなフィーリングを妥協せずに生かし続けていきたんだ!

この辺りのリリックからもケンドリック・ラマーの自分のスタイルへの熱いこだわりが見て取れる。流行はいずれ風化して、いつまでもカッコ良いと評価され続けるわけではなく、過ぎ去ってしまったところに自分のスタイルの核がなければ、後に何も残らないんだ、という教訓がこの曲には込められているのであろう。

「Backseat Freestyle」への導入

アルバムの話に戻すと、この2曲目の終わりにもスキットが入る。ここでは少年時代のケンドリック・ラマーの友人が良いビートの入ったCDとマリファナがあるから車に乗ってフリースタイルでラップをしようぜ、とK Dotを誘うシーンになっている。ここで彼が昔は友人とマリファナをキメたりしていたことがわかる描写が入ってくる。次回は3曲目の「Backseat Freestyle」から紹介していきます。

続く

Writer / Taneda

平成初頭生まれ会社員。 趣味のブレイクダンスをきっかけにブラックミュージックに没頭。 なんやかんやあってjazzに現在傾倒中。