『Good Kid M.a.a.D City』の歌詞から学ぶケンドリックラマーの哲学と人生⑤

2018.11.23

アルバム『Good Kid M.a.a.D City』からケンドリック・ラマーの背景に迫って行く。今回はアルバム最終曲、「Compton」とそのアルバム全体に込められたメッセージについて。

地元であるコンプトンをレペゼンする歌のフック

最終曲はその名もシンプルに「Compton」。これまではケンドリック・ラマーは地元コンプトンについて、その悲惨さや暴力の横行を訴えていた。実際に彼の良識や良心はコンプトンにおいては異端とも呼べるものであり、彼にとって決して生きやすいと言える場所ではなかったはずだ。彼の生まれもっての性格は死が隣合わせのこの街とは乖離しており、ギャングの抗争や友人の死は地元を嫌うような経験として申し分なかった。

しかし、ケンドリック・ラマーがこの物語の最後に用意した1曲はそんな狂気の街をタイトルにしつつも晴れやかなサウンドだった。アルバム前半においては暗い雰囲気や怪しげな曲調が多かったが、終盤につれてどちらかと言えばポップに聴きやすく変化していく。さらに、この曲にはラストにふさわしく西海岸のドン、Dr Dreを客演に迎えている。「Compton, Compton, ain’t no city quite like mine.こんな街が他にあるか?」と繰り返されるフックには、もちろん無償の地元愛があるわけではないだろう。こんなクソったれた場所からのし上がってやったんだ!という分脈が表面的には感じられる。

Kendrick Lamar7

しかし彼はここまでのコンプトンでの経験があったからこそ今があるということを自分自身で深く理解しているのだ。それがこのラストの1曲、ギャングスタラップ発祥の地「Compton」をタイトルにした曲で、あえてギャングスタラップに寄せたリリックで地元をレペゼンするということ表現行為それ自体に象徴されている。最後のスキットはケンドリック・ラマー自身の発言。母親に車を借りるよ、15分で戻るから!と言い残すシーン。これが冒頭のスキットの前のことなのか、事件の全てが終わってからのシーンなのか、想像させる余白を持ってこのアルバムの物語は幕を閉じる。

ケンドリック・ラマーがこのアルバムで伝えたかったメッセージは?

やはり一番のメッセージとしては「Real」で表現された「愛」だろうか?周りの環境がどうであれ、自分自身の内面を愛する事を大事にするんだという思いははっきりと伝わってくる。自分自身に問いかけて、一体何が自分にとってリアルな欲求なのか?という部分に向き合う事が状況を打破する一番のきっかけになるのだと。実際にヒップホップシーンを登りつめた男からのメッセージは力強い。彼の曲は黒人としてのスタイルを賛美するゴールデンエイジのHiphopの要素もあり、コンプトン出身らしいギャングスタラップの分脈も含む。ヒップホップのアーティストとして申し分ない背景から裏打ちされた音楽性と彼自身のはっきりとした哲学から産み出される渾身のリリックが彼が評価される最大限の資質なのだ。

日本のヒップホップヘッズへのメッセージ

2018年9月。ケンドリック・ラマーのピューリツァー賞をNHKにて彼の独占インタビューが公開された。彼はこのインタビューにおいて、『Good Kid M.a.a.D City』は自分の周囲のコミュティーに向けて製作した作品だったと語っている。日本の若者たちに向けてのメッセージとして、自分たちがアメリカ、Hip Hopのコミュ二ティで感じ取ったものを音楽を通じて体感してほしいと語っている。コンプトンにはコンプトンのストーリーがあり、日本の若者には日本の若者が暮らしている中での物語がある。それぞれが自分の周囲の環境にそれぞれの問題を抱えている。世界の人々がケンドリック・ラマーの発するインスピレーションを感じ取って、自分だけのものに昇華させていって欲しいと彼は語る。今後もケンドリック・ラマーの挙動から目が離せない。

Writer / Taneda

平成初頭生まれ会社員。 趣味のブレイクダンスをきっかけにブラックミュージックに没頭。 なんやかんやあってjazzに現在傾倒中。