盲目のアーティスト、スティービー・ワンダー。〜成功までの知られざる愚直な努力とこれまでの軌跡〜
2018.12.14

「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第9位。
「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」において第15位。
音楽史を築き上げた最重要人物、Stevie Wonder(スティービー・ワンダー)。
音楽の歴史に残る人物、スティービー・ワンダーと盲目。
産まれた頃からほぼ目が見えなく、厳しい家庭環境で産まれ育つ等、幼少期からのビハインドはかなり大きかった。そんな彼だが、天から授かった物が1つあった、、ずば抜けた音楽性に最初に目をつけたのは彼の母親である。連れて行かれた先はオーディション会場。名門モータウンのオーディションを見事に合格し、僅か12歳にしてデビューを果たす。そして、翌年の63年にリリースしたアルバム『Recorded Live: The 12Year Old Genius』は、まさかのBillboard200で1位の大ヒットを記録、また、同アルバムからシングルカットされた「Fingertips - Part 1 & 2」はBillboard Hot 100で1位の快挙。このタイトルは、現在でも史上最年少の記録として語り継がれている。しかし、その後の彼の音楽人生は過酷なものであった。
過酷な現実を突きつけられたアーティストの再起
ヒット曲に中々恵まれず、契約していたモータウンからは何度も解雇宣告があり、経済面、精神面共に、かなりギリギリの所まで追い詰められていた。そして驚くことに、21歳で自身の権利を手にするまでの彼の週給は、たったの2ドル50セントだったという、、もう後がない彼に再び光が当てられたのは1976年。2枚組でリリースしたオリジナル・アルバム『Songs in the Key of Life』は、全米アルバムチャート14週1位の偉業を成し遂げ、その年のグラミー賞の最優秀アルバム賞を受賞する。自身の力で再び手に入れた栄光。しかしそこには、想像を絶する彼の努力があった。
音楽には妥協無し!時代を超えて語り継がれる傑作曲はどう生まれたのか。
音楽には一切の妥協を許さず、作品の質にはかなり厳しい、徹底された完璧主義として有名な彼。(以前紹介した"ファンクの帝王"、James Brownと共通点が多いように感じる)これまでに作曲した楽曲の中で、お蔵入りとなった曲の数は、数千曲はくだらないという。また、彼の人生を変える事となったアルバム『Songs in the Key of Life』の収録曲21曲は、74年~76年の2年間で作曲した約1000曲の中から選出したそうだ。厳選に厳選を重ねた、彼の血と汗と涙が詰まった最高傑作『Songs in the Key of Life』。まさに、今何かを成し遂げようとしている方に是非聞いて頂きたい。
また同アルバムに収録されている「Pastime Paradise(楽園の彼方へ)」は、カリフォルニア、コンプトン出身のラッパーCoolioの「Gangsta's Paradise」(1995) でサンプリングされており、95年のグラミー賞の舞台でCoolioとStevieは共演を果たしている。Coolioの「Gangsta's Paradise」にも、彼の血と汗と涙が注ぎ込まれており、言わずと知れた名曲である。

Writer / g.g
we are one. peace.