カニエ・ウェストの歩み,作り出した歴史をアルバムと共に振り返る。Part.3”Graduation”

2018.12.21

Kanye West - Homecoming


カニエ・ウェストはラッパーとして決して実力派ではないにせよ、世界的に影響力を持つ逸材であることは間違いない。これまでもカニエ・ウェストのディスコグラフィーからこれまでの彼の活動を振り返って来た。今回は2007年リリースの3rdアルバム『Graduation』でのカニエ・ウェストの試みをピックアップしていく。

同日リリース:カニエ・ウェスト VS 50cent!?グラミー賞を受賞する事になったアルバムはどちら?

前作から丸2年間を開けての3作目となった『Graduation』は50centの『Curtis』と同日リリースということで、全米がカニエ・ウェスト VS 50centのセールス対決という構図を固唾を飲んで見守っていた。アルバム発表に当たって先行のシングル「Stronger」が大ヒットしていたことや、元々リスナー層の幅の広さを強みにしていたこともあり大方の予想はカニエ・ウェストの方が良く売れるだろうというものであった。結果としてセールス面では下馬評通りカニエ・ウェストが大きく水を空けて勝利?する形となり、『Graduation』は翌年のグラミー賞にて最優秀アルバム賞を受賞する。

「Stronger」エレクトロ・ハウス音楽の雄"ダフトパンク"をサンプリングして大ウケ

『Graduation』からの先行シングルで、大ヒットした1曲が「Stronger」。


エレクトロ・ハウス音楽の雄、ダフトパンクの「Harder,Better,Faster,Storonger」をサンプリングしたこの曲は大きく話題を呼んだ。原曲がしっかりわかる形での大胆なサンプリング手法自体はカニエ・ウェストらしいのだが、これまでの彼にはここまではっきりとしたエレクトロサウンドへの傾向はなかっただけに、このシングルは大きく予想を外した作風だった。


今でも親日家と知られるカニエ・ウェストだが、この当時は特に日本からインスピレーションを受けていたことがMVの撮影地や微妙に間違ったカタカナからも見て取れる。アルバムのカバーアートを担当したのも日本のポップアーティストである村上隆。1、2作目から一風変わったジャケットとなったため賛否はあったが、元々美術系の大学に通いアートに傾倒していたカニエがここに来てより大胆なデザインをチョイスし、音楽的にもよりアーティスティックなアプローチを取り出したことが伺える。

カニエ・ウェストがアルバム『Graduation』で見せた新しいヒップホップのスタイル


カニエ・ウェストがその1、2作目のアルバムにおいて残した功績は、当時のヒップホップシーンにおける元ネタの匂いを消したサウンドメイクが主流となっていたところに大胆なサンプリングの気持ち良さを再認識させ、古き良きヒップホップのあり方を新しい形で提示し直したことにある。そういう意味でカニエ・ウェストは新しい流行を自身の手で生み出してシーンに発信していったと言える。もちろん『Graduation』においても前作までの流れを組むカニエ・ウェストらしい音作りもあるのだが、ほとんどの楽曲が極限までクリアにサウンドメイクされていて、クラシックなソウルサウンドの引用における良い意味での”ザラつき”は姿を消している。当時の現行ポップサウンドの潮流をカニエ・ウェストは楽曲に取り入れることを厭わなかったのだ。

ハードコアなヒップホップを愛するラッパーはその時代時代における流行りの音楽をどちらかと言えば斜に構えて1歩距離をおいて見ることが多い。それはやはり自分のスタイルを確立しているが故の信念があるからであり勿論一つの正解だし、アイデンティティを貫いている様というのはクールに映る。しかしカニエ・ウェストは流行のサウンドやポップス的なアプローチをむしろ進んで取り入れたがる。彼の凄いところの一つが、流行に乗っかっているのだと後ろ指を差されることを気にせずに、自分自身が良いと感じたものに対しては積極的に採用する圧倒的な吸収力とその勇気にある。カニエ・ウェストはこの『Graduation』以降しばらくの間は発表したアルバムについてのインタビューを断り、楽曲についてあれこれ答えない時期を過ごすことになる。その思い切りの良さは時に格好の批判対象となるため、実生活や他業種での活動のことはまだしも、音楽的なことについてあまり深く語らないことは彼のクリエイティビティにおいては好判断だったと感じられる。


Writer / Taneda

平成初頭生まれ会社員。 趣味のブレイクダンスをきっかけにブラックミュージックに没頭。 なんやかんやあってjazzに現在傾倒中。