カニエ・ウェストの歩みと作り出した歴史Part.4 ”808s & Heartbreak”
2018.12.22

Kanye West(カニエ・ウェスト)という存在はとにかく世間を騒がさずにはいられない。時には明らかな過ちとしか考えられないような発言で強烈なバッシングを受ける。最近は特にそのキャラクターが音楽性と切り離して考えることが難しくなってしまうほど強大になってしまった・・・。そんなカニエ・ウェストのディスコグラフィーを振り返り、彼のこれまで功績をもう一度振り返ることを試みる。今回はカニエ・ウェストにとって大きな転機となり、ファンを驚かせた2008年の4thアルバム、『808s & Heartbreak』を振り返って行く。
カニエ・ウェスト、ラップやめるってよ。
とにかく4thアルバム『808s & Heartbreak』の発表はカニエ・ウェストのファンを大きく驚かせた。もちろんこれまでも新作発表の度に、期待を常に上回るようにして新しい取り組みを行い続けていた。しかし、このアルバムにおいての思い切りは一味違う。ついにカニエ・ウェストはこのアルバムにおいてはラップをしなかったのだ。アルバム全編において、当時の流行の一つであったオートチューンを使用した歌声を悲しげに響かせており、歌詞はすべてメロディに乗せられている。もはや完全にヒップホップの領域から逸脱してしまった本作は賛否両論ありつつも、結局はUSチャート1位の土壌を譲ることなく、しっかりヒットさせてしまった。かなり思い切った舵の切り方を見せた『808s & Heartbreak』だが、今までの発表作を無視した完全なるR&Bアーティストへの転生というわけではない。オートチューンを使用した歌モノとしてのアイディア自体は3rdアルバム『Graduation』の「Good Life」から広がりを見せていったものだ。
オートチューンサウンドを巧みにコントロールするスキル
オートチューンサウンドの雄、T-Painとのコラボレーションがカニエの興味をこの機械的なヴォーカルの魅力に強く惹きつけ、実際にT-Painにはオートチューンの扱いに関して相談していたのだと言う。アルバム全体を通じたエレクトロ・ポップ的なサウンド感覚も前作のダフトパンクをサンプリングしてバカウケした「Stronger」のことを考えれば、温かみがあり穏やかな電子音作りというのもカニエ・ウェストにとってはお安い御用といったところか。
『808s & Heartbreak』からの先行シングル「Love Lockdown」。この曲には比較的単純なエレクトロビートの中にアフリカン・リズムを取り入れており、このあたりの感性はやはりカニエ・ウェストらしい味付けを感じられるし、メロディアスポップながらにこだわりを感じるサウンドメイクだ。
アルバム『808s & Heartbreak』製作の背景とカニエ・ウェストの思いとは?
表題、『808s & Heartbreak』が指す”808”とは、リズムマシンの老舗であるローランド社の”名機”と名高い「TR-808」のことである。1980年に発売された「TR-808」は伝説的なリズムマシン、と言うかリズムマシンとしてルーツ的存在。それまでの電子パーカッションはプリセットされたリズムパターンを選択するという単純な用途だったが、この「TR-808」ではリズムそのものをプログラミングすることが可能になった点で革新的な機材であった。『808s & Heartbreak』発表の2008年時点においてはもちろん既に古い機材になってはいたのだが、あえてこの伝説の名機を持ち出した少し古臭いサウンドが悲しげな作風にバッチリとマッチしている。
そしてアルバム全編を通じた、悲しげなオートチューンで加工された歌声と”Heartbreak”。このアルバムは母親の死と婚約者との破局を乗り越えて発表された作品であり、その不安定な感情のままに製作されたのだ。婚約者との破局の後、ハワイでわずか2週間で製作されたこのアルバムにラップが用いられなかったのは何よりも、カニエ・ウェストが悲しみの感情を楽曲にするに当たって、メロディをつける方が当時の感情をありのままに表現できるという一心からなのだ。伝えたい思い、表現が第一で、ジャンルやスタイルに捉われないカニエのアーティストとしてのアプローチはその大胆さを踏まえた上でも天才の所業というに十分たるものだった。何よりも、ここで示したカニエ・ウェストのサウンドアプローチが後のDrakeやA$APのスタイルの流行を生み出していくことになった点においてもカニエにとってだけでなくシーン全体の重要なターニングポイントとなった作品だと言える。

Writer / Taneda
平成初頭生まれ会社員。 趣味のブレイクダンスをきっかけにブラックミュージックに没頭。 なんやかんやあってjazzに現在傾倒中。