Philadelphia Soul

2019/04/12

フィリーソウルが生まれるまでの音楽史的背景


 1970年代に入り、アメリカにおける黒人音楽の勢力地図は少しずつ変化し始めていました。1960年代後半に一大ブームを巻き起こしたスタックスは、オースティンの死や社内における白人、黒人経営陣の対立により、内部分裂を起こし急激にその勢いを失いつつあった。

 同じく1960年代に黄金時代を迎えていたモータウンもまたその栄光に陰りが見え始めていた。スティービー・ワンダーやジャクソン5など、大物アーティストたちの移籍によって、しだいに勢いを失いつつあったうえに、ワンマン社長ベリー・ゴーディーが映画界進出を目指したことから1972年にデトロイトからロスアンゼルスへとその本拠地を移したことで、いよいよその凋落は避けられない状況に落ちいったのだ。

 そんな1970年代前半、ソウル界で一際輝きを放っていたのがフィラデルフィア発のフィリー・ソウルをブレイクさせたPIRことフィラデルフィア・インターナショナル・レコード。

 1970年代も半ばを過ぎるとディスコのブームによってソウルの黄金時代はいっきに終わりを迎えるだけに、このPIRの活躍はR&B、純粋なソウルの時代にとって最後の輝きだったといえるかもしれない。

 しかし、モータウンやスタックスに比べるとPIRへの評価は明らかに低く、その詳細についてもあまり知られていない。それはPIRが生み出したフィリー・ソウルの特徴がゴージャスなストリングスや美しいコーラスにあったことから「黒っぽさ」に欠けるといいう印象を与えることになったからだ。

 多くの黒人音楽ファンにとって、ソウル、R&Bの「黒っぽさ」はその魅力度の現れ。それだけに、ヨーロッパ的で華麗なストリングスや美しいスタイリスティックスのファルセット・ヴォイスなどは、「黒人音楽らしいソウルっぽさ」が感じられないと思われがちだった。

 その後、ハウスの人気やダンス・ミュージックの変化、そしてサンプリングによる過去の音楽の再利用のブーム訪れる中でフィリー・ソウルが再評価されるようになったのは、そうした「黒っぽくない部分」がフィーチャーされだしたからだ。

フィリーソウルの仕掛け人達

モータウンのサウンドが、H-D-Hやスモーキー・ロビンソンらの優秀なソング・ライターたちとファンク・ブラザースを中心とするスタジオ・ミュージシャンたちの共同作業によって生み出されたように、PIRのサウンドもまた優れたソング・ライターたちと優れたスタジオ・ミュージシャンの集合体MFSB(Mother,Father,Sister,Brother)らによる共同作業が生み出したものだった。

 その中でも重要な存在になる人物達をここで紹介していく。

ギャンブル・ハフ

ケニー・ギャンブルは、1943年フィラデルフィア生まれの作詞家で当初はアーティストとしても活動していた。

 彼とコンビを組むことになるピアニスト兼アレンジャーのレオン・ハフは、1942年ニュージャージー州で生まれ。1960年代前半、二人はモータウン・サウンドのようなソウルフルかつポップなサウンドを目指し、フィラデルフィアのインデペンデント・レーベル、カメオでスタッフ・ライターとして働いていた。

 60年代後半、二人は独立してギャンブルというレーベルを設立し、イントゥルーダーズ The Intruders というヴォーカル・グループをデビューさせる。フィリー・ソウルの先駆けとなったそのグループはそこそこのヒットを飛ばしますものの、企業としてのギャンブル・レーベルは経営基盤が弱く、1968年チェスの傘下となってしまう。

 ところが、親会社となったチェスもまたすでに往時の勢いを失っており、経営が悪化、他社に買い取られてしまい、ギャンブル・レーベルは自然消滅してしまいます。しかたなく、二人は新レーベル、ネプチューンを立ち上げ、そこから、後に大スターとなるオージェイズをデビューさせます。オージェイズはすぐに「ワン・ナイト・アフェアー」「ルッキー、ルッキー」をヒットさせ、後の成功を予感させる活躍を開始しますが、ネプチューンもまた資金繰りに苦労し、利益を出す前に倒産してしまう。

 しかたなく、彼らはアトランティックのアーティストたち、ウィルソン・ピケットやダスティー・スプリングフィールドなどのプロデュースを任されたり、CBSの白人女性アーティスト、ローラ・ニーロのアルバム「Gonna Take A Miracle」の制作を請け負うなど、バイト生活を余儀なくされる。しかし、それらの仕事のどれもが高い評価を受け、彼らは業界から凄腕のプロデューサーとして注目されていくことになる。
 

 ちょうどその頃、大手レーベルCBSの新社長クライブ・デイヴィスは自社のブラック・ミュージック部門を強化するための方策を練っていた。彼はギャンブル&ハフのコンビに目をつけ、二人にレーベルを興させ、その配給を行おうと考えた。

 こCBSにとっては、モータウンやアトランティックに対抗できる黒人音楽の一部門を苦労無しで手に入れることができ、ギャンブル&ハフにとっては、CBSの後ろ盾を得ることでレーベルの経営についての心配をすること無しに音楽制作に集中することができるようになったのだ。

 こうして、PIR(Philadelphia International Records)がスタートを切ることになりますが、あの美しいフィリー・ソウルのスタイルを完成させるためには、もうひとり重要な人材が必要でした。それはギャンブル&ハフと同じく、かつてカメオ・レーベルでピアニストとして働いていたトム・ベルだった。

トム・ベル

1941年、フィラデルフィア生まれのトム・ベルは、子供の頃からクラシック音楽を聴いて育ち、正式な音楽教育を受けていた。フィリー・ソウルお得意の美しいオーケストレーションの生みの親と呼ばれる所以だった。


 そんなトムの才能が生み出した最初の大ヒットは1968年3人組のコーラス・グループ、デルフォニックス The Delfonics が大ヒットさせた「La La Means I Love You」。山下達郎のカバーで有名なこの曲は全米4位の大ヒットとなり、フィリー・ソウルの名を全米に知らしめるきっかけとなった。

 ケニー・ギャンブルとトム・ベルはかつてコンビを組んでアーティストとして活動していたこともある仲だったこともあり、PIRの設立と同時にトムは作曲家兼アレンジャーとして参加。こうして、「マイティー3」と呼ばれることになるPIRの立役者三人がそろったのだ。

MFSB

 彼らが働いていたフィラデルフィアの新名所シグマ・スタジオは、ギャンブル&ハフがかつて働いていたカメオ・レーベルのエンジニアだったジョー・ターシャが1968年に設立したスタジオだった。しかし、カメオ・レーベルは同じ年に倒産してしまい、その後を引き継ぐようにPIRが使用するようになった。

 こうして、フィリー・ソウルの美しい名曲の数々のほとんどがジョー・ターシャがエンジニアを勤めるシグマ・スタジオから生まれることになる。そして、そのスタジオ専属のバンドとして活動していたのがアレンジャーのボビー・マーティン率いるMFSBだ。ストリングスやホーンのメンバーも含めると総勢30人には達していたと思われるバンドの主なミュージシャンは以下のような顔ぶれ。

 先ず、モータウンの「ファンク・ブラザース」に匹敵する中心メンバーとして、ギタリストのノーマン・ハリス、ベースのロニー・ベイカー、ドラムのアール・ヤングの3人が。この三人はB-H-Yとも呼ばれ、後にトランプスというバンドを結成し、1977年アトランティック・レーベルから「Disco Inferno」という大ヒットを飛ばす。

 さらにギタリストとしては、ボビー・イーライ、ローランド・チェンバース。ヴィブラフォン奏者のヴィンス・モンタナ。キーボード奏者ではレニー・パクラ、ロン・カーシー、デクスター・ワンセル、バニー・シグラー。コンガやボンゴなどラテン・パーカッションの担当はラリー・ワシントン。サックス&フルート奏者のジャック・フェイス、ストリングス&ホーン隊を率いるリーダーがドン・レナルド。その他、女性コーラス隊のフィラデルフィア・エンジェルスもいた。

 MFSBに所属するミュージシャンたちの特徴は、「Mother,Father,Sister,Brither」というバンド名が示しているように、男女混合であり、白人、黒人、ヒスパニック系、アジア系と民族的にも、年齢層的にも幅の広いメンバーから構成されていた。

 それはまさに70年代に訪れた人種融和を象徴するバンドだったといえます。こうして、MFSBをバックに1970年代初めから半ばにかけて次々とフィリー・ソウルの名曲が生み出されて行くことになる。

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